ケアテイカーはなぜ嫌われたくない気持ちを気にしすぎてしまうのか──人を優先し続けた結果、起きていたこと

アダルトチルドレン


人に合わせているつもりはないのに、
気づくと疲れている。

断れなかったあとに、
なんとなく自分を後回しにしていた感じが残ることがあります。

どうしてこんなふうに辛くなるのか。
その理由を考えていくと、
自分の中にあった「前提」に気づくことがありました。


人を優先することで守ってきたもの

振り返ってみると、
人を優先する選択には、自分なりの理由があったんだと思います。

そうすることで、その場がうまく収まったり、誰かが不機嫌にならずに済んだり。
自分が我慢すれば、空気が荒れずに済むと感じていたこともありました。

自分の気持ちを後回しにする代わりに、
「これで大丈夫」と自分を安心させていた部分もあったと思います。

その選択は、当時の自分にとっては必要なものだったし、
そうやってバランスを取ってきたからこそ、やってこれた面もありました。

無意識にそうしてしまう背景にあった感覚

「断る」という選択をしたときに、
相手がどう反応するのかを見るのが怖かった。

だから無意識のうちに、
自分の気持ちよりも相手の気持ちを優先することで、
迷惑や衝突、拒絶を避けようとしていたのだと思います。

実際に、そう言われたわけではないのに、
そう感じてしまっていた部分もありました。

両親からかけられてきた言葉の中で、
「他に選択肢はない」と決めつけられるような場面が重なり、
いつの間にか、自分の気持ちや考えは間違っているものだと
思い込むようになっていたのだと思います。

だからこそ、
自分の本音を出すことは「わがまま」や「間違い」につながる気がして、
出せない、出してはいけないものとして扱っていました。

そうして、判断の前提がいつも
「嫌われないかどうか」になっていきました。

辛い、苦しいと感じていても、
無理をしないと受け入れてもらえない気がして、
そのまま我慢する選択を続けていたように思います。

人を優先し続けている自分に違和感を持ちながらも、
苦しい理由はわかっているのに、
それを変えられないことが、さらに自分を追い詰めていました。

自分の本心と行動が嚙み合わなくなっていく葛藤

こうして、自分の本心と、
選び続けてきた行動との間に、
少しずつズレが生まれていきました。

本当は辛い、苦しいと感じているのに、
それでも無理をしないと受け入れてもらえない気がして、
その選び方を手放せずにいました。

人を優先しているはずなのに、
気づけば自分だけが消耗していて、
そんな自分自身に嫌気がさしていくこともありました。

それでも、本音を出すことで否定されたり、
「あなたはそんな人じゃない」と振り払われることを想像すると、
それに向き合うだけのエネルギーが必要で、
その重さを前にして、動けずにいたのだと思います。

嫌われたくない気持ちを前提に判断し続ける中で、
自分の本心は、後回しにするものになっていました。

辛さに気づいているのに変えられない。
その状態そのものが、
自分を一番追い詰めていたのかもしれません。

まとめ

人を優先してきた行動には、
その人なりの理由や背景があります。

ケアテイカーとして人に合わせてきた選択も、
優しさや弱さの問題ではなく、
「嫌われたくない」という前提の中で
自分を守るために続けてきたものだったのかもしれません。

なぜこんなに苦しくなるのか。
その理由が少し見えてくるだけでも、
自分を責める視点から、一歩離れることができます。

 

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