毒親はどこから?親との関係に悩んだ私が気づいたこと

親との関係性

毒親という言葉を聞くと、

「うちの親は毒親なの?」

と考えてしまうことはありませんか?

でも同時に、

「自分の親を毒親だと思うのはちょっと大げさな気がする」

そんな気持ちが出てくる人も多いと思います。

私自身もそうでした。

親のことで苦しい気持ちはあるけれど、

「毒親」と言い切ってしまうのは、本当にそうなのかなと疑問も出ていました。

だからこそ、毒親ってどこからなんだろう?と悩んだことがあります。

毒親ってどこから?

一般的に「毒親」とは、

子どもの人生や心に強い影響を与えてしまう親のことを指します。

例えば

・子どもの気持ちより親の価値観を優先する

・過度に支配する

・否定や比較が多い

こういった関係が続くと、

大人になってからも生きづらさが残ることがあります。

 ただ、ここで多くの人が迷ってしまうのは、

「じゃあどこからが毒親なの?」

という部分だと思います。

毒親にははっきりした線引きがあるわけではない

実は、毒親かどうかには

はっきりとした線引きがあるわけではありません。

暴力や支配だけが毒親ではない

暴力や極端な支配のように、誰が見ても問題だとわかるケースもあります。

暴言・過干渉なども該当します。

子供の行動や発言に制限をかけてしまう言動。

父親からは「誰のおかげで生活できてると思っているんだ?」と言われたこともあります。

子供という立場で自分でお金を稼いでいるわけではないことも事実でしたし、

反発しようものなら、自分はこの家で住めなくなってしまうという恐怖心もありました。

母親からは過干渉という部分が強かったかなと思っています。

心配からくる言動だったとは思いますが、その影響で自分の選んだ行動に自信が持てず

答えは「外」にあるという刷り込みが長年私を苦しめてきました。

外から見ると普通の家庭でも、子ども本人は苦しさを感じている

私の育った家庭も、傍から見ればよくある普通の家庭だったかもしれません。

目に見える部分では普通でも、
私は親に対してはきちんとしていないといけないプレッシャーがありました。

例えばこんな感情がありました。

・いつも親の顔色をうかがってしまう

・自分の気持ちを言うのが怖い

・大人になっても親が怖い

親を安心できる相手ではないという気持ちがずっとあったのだなと思っています。

 

私自身、毒親という言葉を知ったとき

「うちの親って、もしかして毒親なのかな・・・?」と悩んでいました。

暴力を振るわれたり、衣食住に困るようなことはなく、

普通のありふれた家庭だと思っていました。

でもなぜか、親の前では本音が言えないし、

言ってはいけない気持ちになってしまうし、

親に甘えたり、親に自分の感情を遠慮なくぶつけられる友達に逆に違和感を持ってしまう部分がありました。

毒親かどうか悩む人に多い共通点

「毒親なのかもしれない」と思いながらも、

はっきりそう言い切れない人には共通点があります。

それは

親を責めたいわけではない

という気持ちです。

むしろ

・親も大変だったから仕方ないのかも

・自分の考えすぎかもしれない

そうやって自分の気持ちを後回しにしてしまう人も多いと思います。

私自身もそうでした。

私は、親の期待に応えたいだけ。だって自分を見て喜んでほしい。

だから親が悪いとかじゃなくて、頑張れなかったり、期待通りにできない自分がダメなんだと思ってしまう思考が強くなっていました。

ましてや、きょうだいがいる中で私はこれといって抜きんでた才能などもなく、

学生時代は、親が興味・関心を引くような成績だったり部活にも所属していなかったので

どうしたら自分もきょうだいの中で見てもらえる存在になれるのだろうか?

と、常に問題や課題は自分の中にあって、基準は外にあるというのが自分にとっての普通になっていました。

なので、毒親という言葉や意味を知ってから、

「ひょっとして、うちの親は毒親なのかもしれない」

と思ったり、

「そんなふうに思う自分がおかしいのではないか」

と、長い間その中で気持ちが揺れていました。

育ててくれたのは事実だし、その中でも身に着けてよかったと思う部分もあるので、

完全に親が悪い・悪だと言い切ってしまうのは心苦しい部分がありました。

でも自分自身の中には苦しい気持ちは確かにある。

だからこそ、毒親という言葉を受け入れていいのかどうか迷っていた時期がありました。

 

毒親かどうかより大切な視点

ここで大切だと思うのは、

毒親かどうかを決めることではないということです。

それよりも大事なのは、

自分がどんな気持ちで育ってきたのか、そして今どんな影響が残っているのか。

そこに気づくことだと思います。

毒親という言葉は、親を責めるための言葉ではなく

自分の生きづらさを理解するための言葉として使うこともできるからです。

私自身、生きづらさの原因を考えていく中で「親がどうだったのか」よりも

これから自分がどう生きたいのかを考えることが少しずつ大事になってきました。

毒親という言葉は過去を責めるためではなく

自分の人生を取り戻していくためのきっかけなのかもしれません。

 

まとめ

毒親かどうかは、はっきりと線引きができるものではありません。

でも、もし親との関係に苦しさを感じているのなら、

その感覚は大切にしていいものだと思います。

大切なのは、「自分がどう感じるか」ということに気付くこと。

そこから少しずつ、自分らしい人生を取り戻していくことができます。

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