親の価値観に縛られていた私が、「好き」で自分軸を取り戻した話

偏った私の回復話

”こうじゃなきゃいけない”
”絶対こうだから”

私には「固定された考え」が身についてしまっていた。

幼い頃から、自分がどうしたいかより、
他人にどうみられるかが重視されていた。

だから、自分の判断が間違ってる。
それらしい答えを探してしまう。

他人から「こうしてみたら?」と言ってもらえても
なかなか踏み出せない。できない。

怖い。自分を出すとか、
自由にやってみるってことがしたくてもできない。

その背景には、
それまで育ってきた環境の中での仮の自分がいた。

思い切って踏み出したのは、自分の「好き」が私を救ってくれたから。


親の言葉の呪縛

「まじめな人間でいなさい」
「苦労知らずは良くない」
「あの学校は偏差値低いからやめろ」
「あの人は〇〇へ就職したんだって」
「やっぱりこういう仕事してる人は〇〇だ」

私の家庭は、とても世間体を気にする傾向が強かった。

優秀な学校にいくこと・有名な企業に就職すること
こういったステータスを重視する印象がある。

そんな中、私は欠けてるものが多かった。
私だけ家族の中で、高卒・転職回数も多い・これといった資格もない。

だから、自分の家に居づらさを感じていた。

その影響からか、学生時代も社会人になってからも
私は「肩書がほしい」という欲がすごく強くて、

自分がやりたいからより
他人から見て、「すごい」と思われたい。

それがついてまわった。

そういう自分でいれば、

この家にいても恥ずかしくないとか
他のきょうだいとも比べられない位置にいられる

そう思って、親の好みや意向に合うように自分を寄せていた。

親の価値観に縛られてしまう理由については、こちらの記事でも書いてます👇

毒親の価値観の押し付けとは|親の「正しさ」が子どもを苦しめる理由
毒親の価値観の押し付けとはどんなもの?親の「普通」や「正しさ」が子どもに与える影響について、実体験を交えて考えます。

でも求めれば求めるほど遠ざかっていき、
結局自分はどうなりたいの?
なにがしたいの?

中途半端な自分だけが残ってしまった。


他人からの目を気にして動けない

自分のこうなりたい・こうしたい!より

他人から見たらどう見えるんだろう?
すごいと思われる?
羨ましがられる?
変だと思われない?

こっちの方が断然強かった。

それに伴って、失敗への恐怖心もすごく強くなっていた。

もし、うまくいかなかったり、思うような結果がでなかったら
恥ずかしいし、情けない姿を見られるのが嫌だった。

「プライドの高い拗らせ屋さん」

まさに私を表すような言葉。

結局は、うまくいったと思えることより
あんなことしなければよかった。とか
結局うまくいかなかったことばかり。

恥もかくし、失敗もするわで、結果も出ない。
何もいいことはなかった。

だから、どんどん失敗する恐怖が大きくなっていった。
”どうせ自分なんて。”と、どんどん自分を下げるばかりだった。

他人からどう見られるか?が基準になっていたから
うまくいったとわかるラインもわからないし、

自分では良しと思えても、否定されると一気に気持ちも沈む。

他人にどう映るかを基準としていたから、
自分では判断できない沼にハマってしまい

いつも顔色を伺ったり、できもしないことを引き受けたり
他人が求めているであろう「私」を演じることが多くなった。

社会人になってからも、
他人から与えられる答えが何なのかを考えすぎて、

結局自分の限度を超えるような要求をされても

「できない自分が悪い」
と思い込むことで、無理をしていた。

他人からみたら、それが私の標準値にもなってしまったから、

「できません」「助けてほしい」

という言葉も安易に口にできなくて、
結局心の面での負担がどんどん大きくなっていった。


他人の目より「好き」が勝った瞬間

私は、「それっぽい正解」をいつも意識してしまっていたから、
あっ、これ好きだなと思っても、

「〇〇が好きだなんて言ったら周りにどう思われるか・・・」

と、自分の興味関心があるものを素直に口にすることができなかった。
しかし、その気持ちも吹っ飛んでしまうものに出会ってしまった。

それは、【競馬】である。

「ギャンブルですか、それは危ないですね。」
と思われそうで、初めは言えなかった。

きっかけは、とあるレースで「この馬(メス)が勝ちそう」と思ったのがあって、
でも勝つのは人気の2頭(オス)のどちらかだという見解が多かった。

結果は、私の注目馬が勝った。その2頭を差し切って。

もうこの瞬間に心奪われました(゚д゚)!

当時、肩書もない平社員の私が、
肩書がある男性社員に対してモノ申すところがあったから、
その人からのあたりが強かった。

その社会で生きるなら、男性や上司を持ち上げるほうが、
自分にとっても安全だったかもしれない。

実際に嫌がらせや無視とかいろいろあったから、
自分が相手に合わせた方が嫌な思いもしなかったかもしれない。

思い返すと、その職場にいた頃は、
結婚して親元を離れてしばらく経っていた時だった。

私の中で【自分の意思】が徐々に顔を出していた時期だったかもしれない。

大人になってから急に【自分の意思】が顔を出してきたから
私も慣れていなくて粗削りだったから、大人げない部分もきっとあった。

そんな葛藤が多いときに、自分の注目馬が勝った。しかもメス。
強いと言われていた2頭のオスに勝った。

弱いとされている自分の立場と人気のないメス馬がリンクしてしまった。

周りは、男性で役職もある人を信頼したり、優先するかもしれない。
でも、女性で立場がなくても結果で見返すチャンスはあるかもしれない。

そこから、私の信念のようなものがハッキリわかってきた。

・私は根拠のないものに賛同できないし、嘘をつけない。
・性別や年齢だけで人間性や仕事ができるできないも決まらない。
・人として自分が尊敬できる人とちゃんと向き合える関係を持ちたい。
・嫌われても、自分が受け入れられないというものは無理。
・悪口で仲良くなるような関係は好きじゃない。

だんだんと、無理に他人に合わせるということが減っていった。
かなり浮いてましたけど(笑)

まさか、競馬でこんなに人生観が変わるなんてと思ってもいなかったけど、

私は分析するのが好きなんだなとか
レースに感動して泣くとか
いろんな自分を知ることもあった。

なにがきっかけになるかはわからないけど、
女性だからとか、母親になったんだからとか、周りから見て私って…と

一瞬気にするときもあっても、
好きなことに没頭している自分が今はすっごくラク。


まとめ

私はずっと、
親からの教えや、世間からどう見られるかを基準にしてきた。

ちゃんとしていないといけない。
苦労しないといけない。
他人からすごいと思われなきゃいけない。

そんな思い込みが強くて、
自分が本当はどうしたいのかより、
「どう見られるか」を優先していた。

でも、その基準で生きていると、
どれだけ頑張ってもゴールがわからなかった。

うまくいっても不安だし、
少し否定されると一気に自信がなくなる。

結局、自分の軸が曖昧で、他人の軸がないと怖い状態だったんだと思う。

そんな私が少しずつ変わるきっかけになったのが、
まさかの競馬だった。

人からどう思われるかを気にするより、
「私はこれが好き」
「私はこう感じる」
という気持ちの方が勝った。

そのときに、
自分の中に他人の意思とは関係のない
自分の意思があることに気づいたんだと思う。

親の教えや価値観は刷り込まれているのもあるから
簡単には消えなくても、
全部を必ず自分の価値観にしないといけないわけではない。

親の価値観。
世間体。
肩書き。
人からどう見られるか。

そういうものに縛られていた私が、
少しずつ自分の「好き」や「違和感」に気づけるようになった。

自分軸って、
こうしたら必ず取り戻せます!ってものでもなくて、
何がきっかけでわかるのかもわからない。

今からでもできることは、

「これは好き」
「これは嫌」
「これは私には合わない」

そんな小さな気付きをちゃんと自分が気づくこと。

私はそこから、少しずつ自分を取り戻していった。

親からの教えが頭から離れなくても、
そこから抜け出せないわけじゃない。

自分の中にある「好き」は、
思っている以上に強い。

誰かに理解されなくても、
それが自分を救ってくれることもある。

だから私はこれからも、
周りからどう見られるかばかり気にするのではなく、
自分の気持ちを大事にしていきたい。

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