恋愛で自己犠牲しまくってた私が、本当の愛を知った話

偏った私の回復話

私は、「超」がつくほどの恋愛体質でした。

自己犠牲も美しいものだと思えるくらい
今思い返すと、そんな自分に酔っていたのかもしれない。

でも、本当は、もっと恋愛って楽しいと思いたい。
恋人第一じゃなくて、他のことも大事にしたい。

そんな気持ちもあったのに、それよりも見捨てられる恐怖が勝っていた。

せっかく自分が好きになった人に振り向いてもらえたのに!
んな私とでも付き合ってくれたんだから手放してはいけない。

そんなことばかり考えていたから、楽しむ余裕なんてなかった。

でも最終的には自分がもう疲れてしまって自分から別れを切り出す。
その繰り返し。

そんな私が、初めて相手から好きになってもらえてお付き合いをし、
結婚することとなった旦那さんとの間で、私のなかで起きた変化を綴っていきたい。


自分より相手を大事にすることの履き違え

相手のことが好きだから、できることはなんでもしてあげたい。

元々、尽くし癖のある私にとっては、
恋愛で相手の為に尽くすことは、なんともなかった。
もう、自己犠牲してるって認識もない。

私は、少しだけ遠距離での恋愛が多かった。(片道一時間前後とか)
待ち合わせ場所も、相手の自宅近辺まで行くことも当たり前。

逆に自分の自宅近辺まで来てもらったり、
迎えにきてもらうことなんて申し訳なくて、言えなかった。

本当は、準備の時間や帰宅時間も遅くなるから、
そのことで親からうるさいことを言われるのが嫌だから時間を気にしたり、
途中で事故が起きないようにしたいって気持ちでいっぱいだった。

たまには来てほしかったけど、なんだかんだ言い訳されて
私が相手の近くまで行くことの方が効率がいいみたいな変な説得をされて、
それを受け入れていた。

そんな中、今でもあれは嫌だったなと思うのは、
待ち合わせ時間に必ず遅刻してくること。

「おい、私は片道一時間かけてきてて、さらに準備の時間もあるのに
 あなたは10分くらいの距離でしょ?なんでまだ家なんよ」

「謝るつもりもない?」

すっごい言いたかったのに、言えなかった。

でも顔や態度で私が不機嫌なのが出てたから、逆ギレされちゃって。
遅れたことはそっちのけでね。

 だから、

 「私、ここまでやってるのになんで怒られたりするんかな」
  ⇓ 
 「けど、せっかく会ってくれたのに、相手を不機嫌にさせてたらいけない」
  ⇓
 「自分が我慢すればいいから、とりあえず謝って機嫌直してもらおう」

結局このループ。

自分の気持ちに蓋をして、相手の機嫌を取ることが私にとって当たり前になっていた。


傷ついても、それが恋愛の醍醐味だと勘違いしていた

多少の困難はあるものだと思っていた時に、かなり傷ついたことがあった。

私は一応ね、「恋人」という立場ではありますよ。

だから、私が自分の友達に彼を恋人として紹介することもあったけど、
相手は一向に私のことを彼の友達に紹介してくれない。 

聞くのが怖かったけど、 

「どうして紹介してくれないの?」 

と聞いてみたんです。

ひょっとしたら、自分以外にも恋人がいて。。。のパターンかと思ったら、

「いや、だってお前太ってるじゃん」⇐こんなデブと付き合ってるなんて言えない

えええ(/・ω・)/

今思い出しても、あの時の相手の表情は、
冗談で言っているのではなくて、本気な顔だったんだよね… 

しかもこれ、一人だけじゃなくて、同じ理由で過去に二人から紹介するのを拒否されてる。 

まともな人なら、自分のことをそんな風に言う人と恋人関係を続けるか見直すよね?

私は逆だったんだな。

むしろ、そんな見た目が悪くて、
紹介すらもできないような私を受け入れて付き合ってくれてるなんて、
この人がいなかったら誰も私を受け入れてくれない。 

だからこの人しかいない!!!!

って勘違いの暴走。依存するほうに走ってしまった。

でも内心はめちゃくちゃ傷ついてるよ。
そのこともあって、見た目に関してのコンプレックスは根強く残っている。

恋は盲目とはいえ、
自分が傷ついていることを受け止められなかった私も良くなかった。

あの言葉を言われた時点で、私はもう十分傷ついていたのに。

なのに「そんな私を受け入れてくれる人」と思い込んでしまったのが、
当時の私のしくじりだったかもしれない。 


旦那さんとの恋愛で初めて気づいたこと

辛いことがつきものの恋愛をしていた私が、
初めて「今までと違うかもしれない」と思えたのが
今の旦那さんとの関係だった。

今までの私は、
好きになった人に振り向いてもらえたら、
そこから必死に相手に合わせる恋愛をしていた。

せっかく受け入れてもらえたから、嫌われないようにしたい。
失いたくないから多少傷ついても、恋愛はそういうもんだと自分を納得させていた。

でも、旦那さんとの関係は、初めて相手から想われて始まった。
私にとっては「ありえない」と思えることばかりだった。

いつも私の家の近くまで迎えにきてくれた。(この時も片道一時間の距離)

私の話も聞いてくれた。

私といて笑ってくれる。

友達といる感覚に近かったけど、素の私を出しても大丈夫な感覚があった。
辛いより、楽しい時間が多かった。

 そんな中で一番大きかったのは

「自分のことを諦めてるなんて、もったいない」

と言ってくれたこと。
付き合う前のときでした。

なんでそんなことを言うのかわからなかった。

わからなかったからすごく考えた。
ただ、私のことをひとりの人間として見てくれているんだというのはわかった。

ずっと私が他人の目を気にしたり、必死に合わせようとするのも、

「あなたはこういう人」

「こうあるべき」

という他人からの理想像によって、
自分を認識してもらえてると思い込んでいたからだった。

家族にも、過去の恋人にも「私」を見てもらえなかったのかもしれない。
それでもいいと思っていたのかもしれない。

でも本当は、どんな「私」でもかまわない状態がよかった。
頑張らないと保てない関係は嫌だった。

強くないのに、本当は泣きたいのに泣いちゃいけないのが辛かった。
他人の何気ない一言に過剰に反応して、それに合わせようとするのも嫌だった。

旦那さんは、「思ってることとかしたいことは言えばいい」と言ってくれたけど
自分の気持ちを出すことに慣れていなかったから時間がかかった。

言えた時は、「ようやく言ってくれたか。それでいいのに。」
と怒ることも不機嫌になることもなく受け入れてくれた。

時間が経ってから、私が我慢して何も言わない方が、
お互いにとってよくなかったんだろうなと思えた。

もしかしたら、過去のことも、私の行動次第では変わっていたのかもしれない。

でもそれは、出会う人や物事によって気付けるタイミングが違うから悔やんでも仕方ない。
私にとってはこのタイミングだっただけ。出会えたからわかったこと。

だから、そこでようやく
「頑張り続けないと愛されない」というのは、
私の中にあった思い込みだったのかもしれないと気づいた。


本当の愛は、自分を消すことじゃなかった

相手を思いやることは大事。

でも、私は相手を優先しすぎて、自分を消していた。

私はずっと、相手のために我慢することが愛だと思っていた。
相手を優先することで、自分が保てていると思い込んでいた。

でも本心は違った。

全然楽しくない。なんでこんなに辛いの?って思う気持ちが大きかった。
それでもやめられなかったのは、自分を守るための必死な行動だったのかもしれない。

嫌われたくない。

捨てられたくない。

もう二度と好きになってもらえないかもしれない。

怖かったから、自分を出すことで相手が逃げないように相手に合わせていただけだった。 

今思うと、そんな関係早く切っちゃいなよって自分に対して思えるけど
当時は「誰にも受け入れてもらえない自分」が怖かったんだろうなと思う。

でも、片方が我慢するから成り立つ恋愛関係ってどうなんだろう。
自分は消していいの?それで自分が幸せなら、そう考える人には何も言えない。

でも苦しかったり、本当は嫌だと思う人には、
相手を大事にするなら、自分のことも同じくらい大事にしてほしい。


恋人も、自分も、ひとりの人間

恋人だからといって、
何でも許さなきゃいけないわけじゃない。

相手の機嫌を全部背負う必要もない。
相手にも感情があるように、自分にも感情がある。

傷つくこともある。

嫌なこともある。

無理なこともある。

以前の私は、
恋人が離れていく怖さばかり考えていて、
自分の気持ちは二の次三の次だった。

でも、自分の気持ちに蓋をしたり、相手に合わせることばかりしていると
やっぱりどこかで苦しくなる。

相手も自分も感情を持った人間だもん。

それぞれの感じ方も違うし、伝えないとわからないことの方が多い。

もしも、伝えたところで自分のことを尊重されなかったり、
コントロールしようとしてくるようなら、

恋人としてだけでなく、人として付き合うべき相手なのかどうかを
自分に問うことも大事だと思う。(これが一番難しいかもね)


まとめ

私はずっと、

恋愛は辛い・大変・相手に尽くしてこそ!

だと思っていた。

好きな人に選ばれたなら、
何が何でも手放さないように頑張らないとって思っていた。

でも今は、
本当の愛は、自分を犠牲にして証明するものじゃないと思っている。

無理に尽くさなくても、自分の気持ちを出しても、ちゃんと続けられる関係がいい。

そして、そういう関係の中で初めて、
恋愛が苦しいものじゃなくて、楽しくて安心できるものなんだと知った。

自己犠牲しまくっていた頃の私は、
恋愛をしていたようで、実は不安と戦っていたのかもしれない。

相手を大事にすることと、自分を大事にすることは、
どちらか一方じゃなくて、お互い様な部分だと思う。

恋愛で本当に大事なのは、
自分を押し殺して相手に合わせることじゃなくて、
お互いがひとりの人間として大切にできることなんだと思う。

これは恋愛だけじゃなく、
他の対人関係でも同じことは言えるけど、
特に恋愛だと盲目になりやすい面があるから、
頭の片隅にでも
「自分はちゃんとそこに存在してる?」
と問いかけてみてほしい。

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